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東京高等裁判所 昭和50年(行タ)26号 決定 1975年12月19日

申立人

家永三郎

右代理人

森川金寿

外二五名

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人代理人は「控訴人文部大臣

被控訴人申立人間の当庁昭和四五年(行コ)第五三号検定処分取消請求控訴事件(以下本件訴訟という)について、裁判長裁判官畔上英治(以下畔上裁判長という)を忌避する。」旨申立て、その申立理由は別紙忌避申立書記載のとおりである。

一申立理由一及び四について

申立人は、畔上裁判長には、本件訴訟につき、その中間判断のための弁論終結のあり方、いわゆる報道用文書の配付方法及び中間判断の対象事項の設定などからみて偏頗にして不公平な裁判をする虞れがあるとし、本件については、昭和四九年一一月二二日の口頭弁論期日において中間判断のため弁論が終結されたが、従前の審理のあり方からみてこの中間判断において終局判決もありうると予測させるものは何物もなかつたが、右期日閉廷後に配布された報道用文書によれば、そのことが明らかにされており、もし、これを申立人にも事前に示しておれば、申立人が十分にそのことを予期し異議その他の方法で争うことができたところ、この点の理解につき申立人と裁判所との間に齟齬があり、裁判所はそれを知りその間の認識の是正の努力をすべきであるのにその努力をせず終結したものであり、また、その中間判断事項の設定においても極めて恣意的で、そのいわゆる求意見についての依頼書記載の事項のうち、(1) 申立人(被控訴人)に原告適格が存在するかどうかについてはすでに重要な争点ではなくなつており、(2) 被控訴人は行政処分の一貫性安定性の見地からする本件訴訟の教科書不合格処分の違法性を争つているわけではなく、(3) 一旦検定処分を容認しながらそれに反する再検定申請をしたことについての控訴人の主張が極めて不明確で、被控訴人も争点としておらず、(4) 違憲審査と具体的行政処分の違法不当審査の先後関係という当事者の争点としていない問題点を設定し、(5) 史実の有無、史観の正否、教育的配慮の是非を裁判所が判断すべきかの問題はまさに本件の核心にふれる終局判断事項であるのにこれを中間判断事項であるとし、仮りにそれぞれが中間判断事項であるとしても、まだ十分審理されておらず、判決には熟さないのに、あえて、弁論を終結し、総じて本件の基本的争点である憲法判断に取組む姿勢を欠き、しかも、これら(1)ないし(5)の点もまた従前被控訴人の主張する教科書検定処分が違憲であるとの争点判断と不可分の関係にあるのにあえてこれを分離し、憲法問題の判断を回避しようとしているものであり、結局、偏頗不公平な裁判をする虞れがあるというのである。

しかし、申立人の右忌避理由とするところは概ね畔上裁判長の本件訴訟の審理の進め方における訴訟指揮に関するものであるところ、このような事項を忌避の理由として主張することができるかはそれ自体問題であるが、その真意はこれらに表象されるところがひいて不公正な裁判をする虞れを示す客観的な事情であるとするにあると解されるので、その限度で検討する。まず本件訴訟の内容をどのように把握しどのように進行させるか、また、どのような事項を中間判断事項としてどの段階でどのように判断すべきかは、全く当該事件を担当する裁判所の専権に属するところであり、裁判長は裁判所の合議決定に基づき訴訟指揮をするのに止まるものというべきであるから、通常、裁判長の訴訟指揮のあり方からして公正な裁判が期待できないとするためには、それが合議決定に基づかないで恣意的に独断専行し、しかも、もつぱら一方的当事者に偏して行われるなどの不公平を疑わせるに足りる合理的な理由が存在する場合でなければならない。本件において、記録によると、畔上裁判長は他の裁判官上野正秋、同岡垣学と合議体を構成して本件事案を担当することとなり、所要の弁論更新を経たのち合議の上これに基づき、本件事案の審理に必要なものとして、申立人(被控訴人)主張(1)ないし(5)に関する事項その他につき当事者双方に文書で釈明し、期日を重ねて双方に主張立証をさせた上、これらの事項を中間判断の対象として判断するため弁論を終結したことが明らかである。申立人は、その終結に際し中間判断の内容として終局判決がされる場合があることを予測しなかつたというが、その間の現実の言葉の表現その他の雰囲気のいかんはともかく、記録によつてみるかぎり、同裁判長はあらかじめ文書(釈明準備依頼書、求意見についての依頼書)で釈明すべき事項を明示しており、その訴訟指揮からすれば、その釈明の各事項が中間判断の対象事項となるとしているのであり、中間判断の結果のいかんによつてはあるいは中間判決となり、あるいは終局判決となりうべきことは当然自明であつて、記録上も同裁判長は弁論終結にあたり特にそのことを当事者双方に説示していたことがうかがわれ、申立人代理人の提出した準備書面等にもこれを承知していたことが見えているのであるから、申立人が弁論終結の際それを予測できなかつたとするのは失当である。報道用文書を配布したとしても、それはもとより訴訟上の問題ではなく、前記の釈明事項や中間判断事項について専門家でない報道機関に向け事態を解明したのに止まりそれ以上に及ぶものはなく、申立人がこれを事前に入手していたと否とで訴訟上の攻撃防禦に影響を及ぼしたものとは解せられないから、右文書から初めて前記の意味での終局判決がされる場合もあることを知り申立人の予測に反したものということはできない。したがつてこの点について申立人の認識を是正しないまま弁論終結を急いだと非難するのは当らない。

次に畔上裁判長が釈明事項として示した中間判断事項の設定は、その設定の仕方に恣意的とみるべき特別の事情も認め難く、それらは原審以来問題とされて来たものというのであり、その多くは法律問題として理解され、しかもそれについても立証もされ、中間判断に熟しているというのであつて(右各依頼書及び畔上裁判長意見書参照)、未だ判断に熟さないのに弁論を終結したとの非難もまた失当である。したがつてこの点を同裁判長の不公正を疑うべき客観的資料とすることはできない。

さらに、これら中間判断の結果いかんによつては、憲法判断の段階に移行する可能性があり、前記各依頼書にもその趣旨が明らかにされており、ただそれにいたる前に判断すべき事項があるというにすぎず、このように本件訴訟の憲法判断を中間判断事項の判断をした後に行うとする見解ないし訴訟進行の仕方もありうるところであり、このことから同裁判長がもつぱら憲法判断を回避しようとしているとすることもできない。

しかも、なお、申立人が畔上裁判長のとつた右一連の訴訟指揮に不服があれば、これに対して不服申立(異議)をすれば足り、それだけのことでは、同裁判長が不公正な裁判をすると疑う根拠とすることはできない。

したがつてこの点に関する申立人の主張は失当である。

二申立理由二について

申立人は、畔上裁判長は被控訴人の弁論再開の申立を認めず、次回口頭弁論期日に行うべき内容を明らかにせず判決を強行することに固執し、事件につき不公正な態度をとり裁判の公正を著しく害したと主張する。

しかし、一般に弁論を再開しないということだけを忌避の事由とすることはできないのみならず、再開するかしないかの判断は、裁判長を含む裁判所の合議決定に基づくもので、裁判長のみの意見によるものではなく、弁論再開申立は職権発動を促すだけで再開しない場合にもその判断を申立人に対して明示することは法律上必要がないのである。そして、本件において中間判断のためとして弁論が終結され、その点に格別不公正な裁判をするおそれがあるといえないこと前記説示のとおりである以上、その終結を維持して弁論再開を許さないとしてもなんら不公正を疑うべきものとしえないことは同様である。さらに中間判断のため弁論が終結されたからには、次回口頭弁論期日には(その間に和解が行われていた場合でも和解が打切りとなつた以上)、弁論再開がなされないかぎり中間判断が中間判決または終局判決の形式で示されることは民訴法上明らかであり、裁判長が次回口頭弁論期日に何をするかを明示する必要はない。また、畔上裁判長が次回口頭弁論期日に判決をするとの態度をとつたとしても、その判決が中間判決なりや終局判決なりやはもとより事前に表明すべきものではない。したがつて、この点から畔上裁判長が事件につき不公正な態度をとつたものとすることはできず、裁判の公正を害するものでもなく、この点に関する申立人の主張は失当である。

三申立理由三について

申立人は、畔上裁判長は内容空虚な和解案を提示して被控訴人の訴訟の取下げを提案し本件訴訟について不公正な立場にあることを明らかにしたと主張する。

しかし、訴訟上の和解は当事者双方の互譲を前提とし、必ずしも、和解案として提示した結論と判決の場合の結論とが一致するとは限らないから、畔上裁判長が和解案として提示した案をとらえて判決をするにあたつても和解の場合と同一の結論であると推測し不公正な裁判をする虞れがあると断定することはできない。申立人を原告とし、教科書検定制度のあり方を中心的課題に含むいわゆる教科書裁判において東京地方裁判所が右課題の判断において相異なる結果を示した判決をしたことは公知の事実であり、この情況を背景として記録中の和解試案、最終案及び「試案について」と題する書面(疎第一九ないし第二一号証)を検討すればこれはこれなりに意義なしとしえないものであつて、これをもつて同裁判長が申立人に内容空虚な和解をすすめて一方的に不利益を帰せしめんとしたとするのは相当でない。したがつて、この点からさかのぼつて同裁判長に不公正な裁判をするおそれがあると推測するのは当らず、この点の申立人の主張も失当である。

四結論

以上のとおりであるから、本件申立はいずれもその理由がなく却下を免れないので、主文のとおり決定する。

(浅沼武 高木積夫 小林昇一)

別紙 忌避申立書《省略》

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